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明石(あけし)ぶらぶら
明石(あけし)ぶらぶら
Posted on 2010年2月 8日
↑ 野田川駅・黄昏時 2010・1・24 
与謝野町明石地区をぶらぶらしてきました。
明石と書いて「あけし」と読みます。
昔、この地区の隣組の組長さんが、慰安旅行を計画し、
「明石組長会」で宿を予約したら、現地で戒厳令の出迎えを受けた・・
と、逸話が残る、旧加悦町の中でも古墳や遺跡が数多く点在する、
古来よりの繁栄がうかがえる地区です。
隣接する(旧野田川町)石川地区に通じる、通称「たま峠」という起伏には、
(峠というより、起伏ですね~) 「たま峠」の名前の由来になった、
「明石の玉石」が、笹原の中、ひっそりと鎮座しています。
傍らに立つ説明板によりますと、夜に明るく光って、夜道を歩く人を助け、
明石の地名の語源になったらしいです。
今は苔が生し、てっぺんにどんぐりが乗っかっていました。
そこから起伏をなだらかに下りていくと、明石地区です。
公民館の前には、(めっちゃ手書きの)茗荷祭の案内が掲示されていました。
神田に植えられた茗荷の育ち具合で、その年の米の出来柄を占い、
五穀豊穣を祈る奇祭です。 昨年の様子です → こちら
来る2月11日(木・祝)午前10時より、須代神社にて・・とあります。
そして、その須代(すしろ)神社です。
神田には、茗荷が顔を出していました。
そして、1927年の丹後大震災で埴輪が地上に現れ発見された、
きれいな形の大きな前方後円墳、蛭子山古墳(国指定史跡)です。
現在は古墳公園として整備されています。
(画像は全て2月5日撮影)
↓ 野田川~丹後大宮 2010・2・5

